《最後の最後まで自分に寄り添ってくれるのは自分自身、いちばん大切にしなければいけないのも自分自身》
親は子を守るためなら、
自分は犠牲になっても構わない、ということを美しく語られる。
親は子に無償の愛を。
親は子を守るためならすべてを捧げる。
自分が親の立場なら、子のために自分を犠牲にはしない、してはしけない。と思う。
自分が生きて健康でなければ子を幸せにできないから。子や大切な人を守りたいなら、自分を大切にし、守るものを守るための基盤をしっかりしなければならない、と思う。
口で語らずともいざという時、子を守る行動をとる親は多いと思う。
自分が子であった頃、厳しくされ、親の理不尽さに腹のたつ事も多かったが、親の保護下で守られながら生活していたのは確かだ。
自分が大人になった今、親には自分自身を大切に生きてほしいと思う。
子である自分のことはいいから、自分はもう一人前だから、なにも心配しなくていいから。親であるあなたたちが健康でいてくれるよう十分気を使って生活してくれ、とココロから願う。
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受験生になれば受験生の辛さがわかるし、大学生になれば大学生の楽しさに気づく。社会人になれば社会の広さと常識に気づくし、親になれば子を大切に想い、厳しく接する親の気持ちがわかる。自分の知らない環境に飛び込んで初めて感じる世界。多くの経験を重ねて新たな自分を発見していく。人に出会い、相手の気持ちを理解し、新しい環境に適応していく。
人生の分岐点、選択地点に到達した時、人は悩む。自分にもアドバイスや経験をもとに方向性を示してくれる方がいた。協力し、背中を押してくれた友人も含め、自分の行く道に影響を与えてくれた恩師たちがいた。影響を受けた本、事件などもある。それらを吟味し、自分の選択肢がよかったこともあれば、失敗し、後悔に苛まれたこともある。いくつかそういった分岐点を乗り越えて自分の経験を積み、人として大きくなってきたのだと思う。
自分は、特に夢や希望を持って生きてきたわけではない。好奇心旺盛ではあったものの、将来何になりたいか、どういう会社で働きたいかというビジョンも何もなかった。スポーツに打ち込んだこともないし、文芸に興味を持った事もない。多少楽器を使えたが、それを生業にしたいと思う程うちこむ事もなかった。就職活動も「土日休みだからその会社いいんじゃない?」という適当な動機で入社し、2年程度で退職した。その後は親の勧めで別の会社に就職し、また半年程度で転職している。
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自分も含め、すべての人が夢や希望を持って生きているわけではないと思う。もともと持ってない人もいれば、夢や希望がどうでもよくなった人もいるだろう。「なんかつまんねーな、楽しいことねーかな」と時々ため息をつきながら、それなりの幸せを自分で見つけ、生きていると思う。
人からアドバイスを頂いたり、勧められた会社に就職したり、転職や結婚することも、結局最後は自分で決めたこと。悩むとき、決定するとき、実行するとき、それを継続しているとき、すべて自分の意志が伴っている。そうやって事あるごとに緊張しながら頑張っている自分のことを、いちばん大切にしてほしいと思うのはごく自然のこと。自分があなたの親でなくてもそう思う。
男は外に7人の敵がいるというが、今の時代は性別問わず、年齢問わず、すべての人に当てはまる言葉と思う。