豊かなココロと卑屈な気持ち ~麗生🖤leopeolily

「ココロが豊かになる言葉」を解釈してみました。言葉1つ、考え方1つで癒されます。ココロ豊かに過ごしましょう。

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見た目に出るのは、自分自身の内面である。 ~麗生🖤




「言葉1つ」「考え方1つ」でココロ豊かに過ごしましょう。

少し卑屈でごめんなさい_(_^_)_





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《人柄は顔に出るし、幸せは目尻にできる。理性は声に宿り、嘘は目に映る。自信は姿勢を正し、歩く様は生き方を暗示し、表情は思い出を表現する。個性は着衣や髪型を変え、職は手に表れ、口はココロの緊張を示す。結局人間見た目に出てしまうもの。》

見た目に出るのは、自分自身の内面である。~麗生(れお)
見た目

最近ではコロナウィルスの影響もあり、町行く人々はみな、マスクをしている。食事をするときにマスクを外すと、人前で肌を晒すような気がして恥ずかしい気持ちになる。

女性がヒジャブで美しい部分を隠す習慣のある国では、人前でそれを外すことを恥じらうと言う。宗教上の違いはあれど、今ではその女性達の恥じらう気持ちがわかるような気がする。

ところで。

マスクの着用率が上がったことによって、相対する人の表情から気持ちや本音が読み取れなくなってしまった。

「目は口ほどに物を言う」

とは言うものの、目だけで相手の気持ちを図ろうなんて、はっきり言って難しい。初めましてのお相手だとなおさらだ。


そんなある日、
マスクをしたまま散歩をしていると、向こう側から犬がやって来た。飼い主と散歩の途中だったそれは、ボルゾイだった。遠くから見てもはっきりわかるシャープな顔つきと、長い毛並み、高い背丈で跳ねるように歩く様子に一目でボルゾイとわかった。
 
「こんな見た目のかっこいい犬と歩けたら、さぞかし気持ちがいいだろうな。さわってみたいなー、カッコいいなー」

と、ずっとボルゾイに釘付けだったので、すれ違い様飼い主と目が合った。「どーも」と会釈すると、ボルゾイは突然自分に飛びかかってきた。攻撃的な飛びかかりではなく、友好的飛びかかりだったものの、突然の出来事に飼い主はビビっていた。

「す、すみません!あ、ほら、なにやってんの!!」

と、グイグイ飼い主自身の方へ手綱を引っ張っているのだが、ボルゾイは尻尾をフリフリこちらの匂いを嗅ぎながら、撫でられるのを喜んでいた。滅多にそういうことをする犬ではないと聞き、こんなイケメンなボルゾイに気に入られて自分は心底嬉しかった。


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また別の日、
仕事帰りに夜道を歩いていると、散歩中と思われるトイプードルが、飼い主と共に向こう側からやってきた。あの丸っこい形、色々埋もれた顔のパーツ、エアチョコのようなフワフワな毛並みと色、コロコロした動きなどすべてが可愛らしく

「いやー、かわいいなーほんとかわいいよ、癒されるな-」

と思いながらまたもや目をこらしてじっと見つめていると、トイプードルも明らかに興味津々でこちらをじーっと見ていた。どんどんこちらに寄って来ていたのだが、急いでいるらしい飼い主に引っ張られて、結局トイプードルとの接触は叶わなかった。可愛らしい様子を振り返って見ていると、トイプードルも同じように耳を振り回しながら何度も振り返って私の方を見てくれていた。
 
自分は犬が好きだ。
かっこいいから、かわいいから、癒されるから、理由は色々あるけれど、どんな犬種であろうと、あの愛くるしい目と姿形が大好きだ。

そう、見た目が好きなのだ。

では犬は人のどこを見てなつくのか?
犬は生後1年経つと人間で言うところの7歳になり、そのあと、1年4歳ずつ年を重ねていくそうだ。犬種によって、成犬になるまでに、4歳児の能力を持つという。

人も4歳くらいになると、「きれい」「汚い」を判断できる。
とはいえ、犬が人の見た目で好き嫌いを判断するとは思えない。

そう考えるとたぶん、

自分を可愛がってくれそうな人、
遊んでくれそうな人、
いい人そうな人、

を、野生の勘、嗅覚などを使って感じ取っているのではないかと思う。

ボルゾイ自身が自分のことを羨望の眼差しで眺めてくれたこと
トイプードル自身が自分のことを愛情の眼差しで眺めてくれたこと

それぞれ感じ取って私に好感を持ってくれたのだと思う。


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人の場合

であれば、確かに見た目の第一印象は大切だ。

●挨拶をした時の表情
●馴染みやすい声
●歩いてくる姿や立ち止まる姿
●流行りを超越したその人らしさ、個性…

TPOに合わせてこれらが全体的にしっくりくる方は、男女問わず美しい。

どんなに着飾っていようと、不潔感があったり、朝から胸元に歯磨き粉がついてるようだと、第一印象はよくない。

人によって「結局人間見た目だ」と言われると「どうせブスだしデブだし。どうせどうせ。」などと卑屈になりがちだ。

しかし

「個性は着衣や髪型を変え、職は手に表れ、口はココロの緊張を示す。結局人間見た目に出てしまうもの」


とある。

要は、努力とココロ掛けで如何様にも変えられるのである。


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人は大人になるほど犬のような純粋な感情表現をしなくなる分、会う相手やTPOに合わせて化粧をし、いいスーツに身を包み、お洒落をしながら自分を表現していく。見た目を気にするようになっていくのだ。

これはとても大切な事と思う。
例えドレスコードが間違ったり、セットした髪が崩れて笑われたとしても、そこに向けて見た目を整えようと気にする事が大切なのだ。そういう人であればいい。

逆に無頓着はいけない。

気にしなければ無知が進み、見た目も脳も劣化していく。それがその人そのものになってしまう。

年をとるとしわが増えたり髪が白くなったり、体の線がよくわからなくなってしまうが、「人の見た目」について言っているのは、そういう事ではない。


散歩中の犬たちが教えてくれたように、マスクをしていても他人様に見える部分は顔だけでもない。にじみ出る内面までも、見た目を作り出すのだ。

持って生まれた自分の外見を生かすため、内面からにじみ出る自分自身を大切に育てるといい。

あなたの声や言葉
着衣や髪型
あなたの言葉がココロの緊張を示す。

見た目を気にするようになれば、自然と内面の自分がどうであるかということに気づき、どうやったら自分が輝いていけるか考えて、自分自身を磨いていくようになるだろう。そう考えると、年を重ねるのは美しさを重ね、豊かなココロを育てることになるのかもしれないな。

自分のこの先も、たのしみだ。


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