《気が進まなくても時間は進む。とりあえずやってみたらあなた自身が一歩進む。》
好きな人に好きと伝え、コレと思うものがあれば手に入れる、旅に出たいと思ったら行ける所まで行き、やりたいことをどんどんやる。80歳を越えたときにやらなかった事の後悔を知るのなら、今日限りのつもりで、永遠に生きるつもりでやってみよう。
コロナ渦で世間が静寂に包まれている間、
職場での飲み会や宴会がなかったため、酒の席があまり好きではない僕にとって、この3年間は過ごしやすい環境だったと思う。
昨年度末、久しぶりに職場の宴会が計画された。
世話になった方の送別会も兼ねていたので、20名程が出席するその会に参加することにした。当初はあまり気が進まなかったものの、送別会という名目のほか、今までまともに話したことがない同僚や上司の方と話をすることができて結構楽しかった。それから間もなく新年度を迎え、新卒者を歓迎するための会も計画されたのだが、前回参加した3年ぶりの宴会が楽しかったので、今回もさほど迷わず参加を決めた。
そういえば僕は、もともと酒の席があまり好きではない。
結局、大して日にちを空けずに参加した歓迎会はつまらなかった。会の目的が「新卒者を歓迎するための会」だから、僕が楽しい楽しくないからという基準で参加の有無を決めるのはどうかと思うけれど、つまらなかったのは事実で、酒が進めば歓迎会であろうとただの飲み会になってしまう。前回参加した宴会のメンバーに新卒者が2名加わっただけで話の内容も大して変わらないのも理由の1つ。酒を一緒に飲んでコミュニケーションを図る、ひと昔前に「ノミ(飲み)ニケーション」なんて言葉も流行ったけれど、僕は酒がなくてもコミュニケーションは図れると思っているので、酒の席だからと普段の生活ぶりや個人的なことまで聞いて、仕事に関係のない話題で盛り上がることに気疲れする時間は有意義ではないと思う。そんなわけで僕はこうした酒の席がどうも苦手なのだ。
そもそも歓迎会に参加してもしなくても、
普段から新卒者を歓迎するココロを持って業務しているのだから、「自分が気疲れしてしまう会にわざわざお金を出して参加することもないなぁ、今度の誘いはやっぱり断ろう」と改めて思い直したのである。
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亡き母が書き溜めた「ココロを豊かにする言葉集」には、
好きな事をどんどんやろうといった前向きな文言が多い。その文言の中からその時にいいな、と感じたものを拾って僕なりにそれを解釈してブログに書き綴っているのだけれど、僕は「前向きな姿勢ばかりが一歩進むに繋がるわけではない」と思っている。
今回僕はもともと酒の席が好きではないけれど、
3年ぶりだし気が進まないけどとりあえず行ってみるか、あ、楽しかった、じゃあ2回目…。うーん、やっぱり楽しくない、やめよう。と嫌なことを再確認したわけだ。
何かに取りかかる1回目のきっかけというのは、
ほんの少しの興味や好奇心だったりする。1回目に感じたその興味や好奇心が本物だったかどうかは、日にちをあけて2回やってみたら大体わかる。本物であってそれを続けたいと思うならまたやるだろうし、そうでなければやらないだろう。他人のうわさ、感想や体験談ではなく、あなたのココロにある興味や好奇心、嫌悪感にさえ従順であってほしい。
1回目は興味や好奇心、2回目で確信し、本物なら3回目がある。
好きな人に好きと伝え、コレと思うものがあれば手に入れる、旅に出たいと思ったら行ける所まで行き、やりたいことをどんどんやる。80歳を越えたときにやらなかった事の後悔を知るのなら、今日限りのつもりで、永遠に生きるつもりでやってみよう。
今でも僕は、自分の興味や好奇心、嫌悪感にさえ従順だ。
豊かなココロで。