《誠実さを示す重要な方法の1つは、その場にいない人に対して忠実になることである。》
家の中で犬を飼っていた。
急用で呼ばれ、テーブルの上に果物やお菓子をそのまま置いてきてしまったことがある。
果物好きな犬だったので、私が帰宅する前に食べてしまうだろうと諦めていたのに、用事をすませて帰宅すると、テーブルの上には食べ物がそのまま残っていた。
半日以上、それを食べずに我慢していた犬からは、私に対する忠誠心を感じた。テーブルに向かって少し顔を上げればすぐ届く場所にあったのに、飼い主の私が「いいよ」と言わなかったから、食べずに残していたのだ。
その誠実さと健気さに感激し、残してあった果物はすべて犬にプレゼントした。
日本には多くの規則がある。
憲法から、人事院、裁判所、会計検査、議員、地方公共団体、交通、行政、公正取引、人事院、裁判所、航空、海上などなど。
会社はもちろん、町内会や消防団、サークル内にも会則なるものが存在する。
どのような集まりでも、ある程度の規則がある方が行動しやすい。むしろなくてはならない。
会社の規則改正に携わった経験のある方は
「限定的な言い回しはしない。」
「対象者を限定的に特定しない。」
と、いうような事を言っていた。事柄や対象者を限定すると、多種多様な事案に応用がきかなくなってしまうからだ。特に、規則の根本となるものはそうあるべきで、頻繁に改正するものではない、と。
さらに内容を掘り下げたければ、カテゴリごと細則を作って細分化していけばいいと。
規則の根本をむやみに改正すると、その会社の方針がぶれてしまう。
と言うことらしい。
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ココロ豊かに過ごす方法として、規則や約束を守ることは大切だ。規則や約束を守ることによって、社会や人と良好な関係を保つことが出来る。どのような環境で過ごそうと、人と接しようと、秩序ある行動をとるのが美しい。
日本人は「品行方正」で「規則をよく守る」世界でも有数の秩序ある国民だ。
「誠実」「忠実」であることは
「その場にいない人との約束を守れること」
ということだと思う。
よほどの信頼関係か、洗脳を受けてるか、支配されたいのか…。
私が「いいよ」と言うまで大好きな果物に手をつけなかった犬の忠誠心には感動した。
相手が人の場合、
おそらく、私の大切な友人や恋人が、私の気持ちを察して行動してくれていたなら、それはそれで嬉しい。
ただ、自分の根本にあたるポリシーは大切にしてほしい。人と人との関係に主従関係などない。会社の上司と部下であっても人と人とは常に平等なのだ。自分を犠牲にして自分以外を1番に考えるとなると、何かを見失ってしまう気がする。
「誠実」「忠実」
自身の「ポリシー」
両方をうまく調整できるようになろう。
自分自身を見失うと、バランスが崩れ、心が病む。
ポリシーの中の細則にあたる部分は、柔軟に対応していけばいい。