豊かなココロと卑屈な気持ち ~麗生🖤leopeolily

「ココロが豊かになる言葉」を解釈してみました。言葉1つ、考え方1つで癒されます。ココロ豊かに過ごしましょう。

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「幸運」も「不運」もすべて「幸運」に繋がる。  ~麗生🖤




「言葉1つ」「考え方1つ」でココロ豊かに過ごしましょう。

少し卑屈でごめんなさい_(_^_)_





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《幸運とチャンスを見つけ出そう。

「幸運は、不運のあとにやってくる」「幸運は不運の顔してやってくる。

トラブルは幸運が変装した仮の姿にすぎない。そこにはメッセージが隠されている。》

幸運も不運もすべて幸運につながっています。~麗生(れお)
すべて幸運のためにある。

かなりのお金持ちの中には、「愛がなく不幸だ」

と言う人がいる。

お金に不自由している方の中には、愛情に溢れているけど「お金がなく不幸だ」

と言う人もいる。

人の幸せは、その人がどう感じるかによって変わるし、幸せの基準もどんどん変わっていく。基本的に自分が持っていないものに価値を見いだすわけだから、一度満たされた幸せは、当たり前のものとなって、自分の中で輝きを失う。更なる幸せを追い求めるから、今ある幸せを忘れるのだ。


人はなかなか幸運に気づかない。宝くじで1億当たればさすがに気づくが、パチンコでいう確変→大当たり!のような分かりやすい幸運やチャンスの前触れもない。

気づくかどうかで言うと、不運だって同じ。なかなか気づかない。不運に見舞われて初めて気づく。

大きな違いは

「幸運」は望むが
「不運」は望まない

ということ。

望むものが突然現れても受け入れられる。突如現れた幸運に衝撃を受けても、さほどダメージはない。
望まない事件、事故や病気が襲ってきたら、素直に受け入れられない。度合いにもよるが、ダメージを受ける。そして、対処が必要になる。
事件、事故が起きれば警察、保険などを通して解決していくし、病気であれば病院にかかり、自分で治癒する努力もする。

神様はその人に乗り越えられない試練は与えないそう。

確かに、何か問題が発生してそれを解決すると、次同じような問題が発生しても冷静に対処していける。若しくは同じ問題を発生させないよう自分が成長していたりする。

「若い子には旅をさせよ」
「苦労は買ってでもしろ」

という言葉にも通じる。

●車両事故に巻き込まれたとき、初回は焦ってオタオタするが、まかり間違って2回目があれば、手順がわかって冷静に対処できる。

●男女がお付き合いしたものの、理由あって別れた。縁あって違う方とお付き合いが始まったら、前回と同じ失敗を繰り返さないようにと思うだろう。

そのように考えると、

「幸運は、不運のあとにやってくる」

「幸運は、不運の顔してやってくる。」

というのは、不運を一生懸命対処することによって自分の経験値が上がり、結果に関わらず、自分が成長出来ることを「幸運」と言っているのではないかと思う。

■優勝するため、つらい練習に耐えること。
■辛い反抗期を忍耐強く見守り、親として努力すること。
■新製品開発のために、何千回何万回の研究を重ねること。


不運を乗り越えるとは違うけど、これらの努力は自分の実績となり、自分自信と自分と関わる人までも成長させることになる。


今「不運だ」と感じたとき

「どうしよう?」

と、対処し始めたときが、幸運の扉に手をかけているのと同じ。

解決のための努力を始めたなら、妥協することなく解決へ向かって努力してほしい。
近くにいる人は、気の利いた言葉などいらないから、普段通り見守ってほしい。

そして、結果に関わらず、努力の過程をしっかり労ってほしいと思う。


まずは今、自分が幸運であることに気づこう。
不運も幸運だとするなら、幸運はどこにでもあることになる。
どこにでもある「運」を見つけ出して、隠れたメッセージを拾い上げよう。
一生懸命対処することによって、必ず幸せの扉が開くから。