《人は時に時々「不便」と「不運」が必要になる。感謝を忘れてしまうから。》
今のところの最近の僕は、
物理的な不便さにやられることはないけれど、なんだかこう、ココロの不便さみたいなものを感じている。
親しい人と飲み明かしたり、1人でふらっと旅に出ることもできない。近所の温泉に行くのも気が引けるようなそんな毎日だから、自分なりの「ココロの豊かさ」を忘れてしまってる気がする。
コロナ新規感染者数のピークが見えないまま、
緊急事態宣言の対象地域に、茨城、栃木、群馬、静岡、京都、兵庫、福岡の7府県が加わって、期間は9/12日まで延長となった。
まぁそうなるでしょうよ。
オリンピック競技が行われていたある現地では、外出自粛なんて言葉はどこ行った?というくらい人があふれていたそうだ。「2週間後、新規感染者は爆発的に増加するだろう」という予測は、専門家ではなくてもできたことだ。
尋常じゃない感染拡大の要因が、オリンピック以外にもあるのかもしれないけれど。
僕はすでに中年を越えるくらいのいい大人
ではあるけれど、なんかやっぱりなんだかこう・・・うまいこといかない不便さ、ココロの不便さとか世の矛盾に、大人げなく悶々とイライラして、卑屈になってしまう。
「ココロの不便さに悶々とするくらいなら良しとするか。」
と、そうやって
自分のココロの幸せレベルを下げたくもない。
【良い自粛】
自分と向き合うことができて、大切な人と過ごす時間が増えて、自炊の機会が増えれば料理の腕が上がる。自宅で過ごせば苦手な人と接しなくていいし、気になっていた所の掃除ができる。
自宅で運動する方法を学べて余計なお金を使わず、やれなかった事にも挑戦できる。
ふとした小さな幸せにも感謝できる。今だからこそ気付けること、出来ることがある。
少しでも楽しめば、不安は減っていく。
プラス思考で「豊かなココロ」を取り戻す。
「感謝のココロ」も取り戻す。
小さな幸せに「感謝」しよう。